自分のカラダ、思い通りに動かせていますか?

こんにちは、ひろみです。

たくさん練習していると、うまくいかないことにもいっぱい出会います。そんな時に

「カラダがいうことを聞いてくれない!!」

って思ったこと、ありませんか?

 

 

こんなはずじゃないんだけどな~

いつもなら動くはず!!

コレだけ(特定のこと)うまくいかないんだよなー

なんて自分のココロの声も聞こえてきそうです。

 

 

でもよーく考えてみると???いや、よーく考えなくても

自分のカラダは自分にしか動かすことはできないんです

まぁ当たり前ですよね(笑)他の誰かが動かしていたらコワいです。。。

 

でも、でも???「思い通りに動いてくれない!」と思ったのも本当な訳で。そのあたりを突っ込んで考えてみると、自分の知らなかった一面が、見なかったようにしていた一面が、思い込んでいた一面が、忘れていた一面が見えてきたりするかもしれません。

 

「そうしようとしてるつもりなんだけど・・・」

→イメージすれば全ての動きばうまくいくんです、という方ばかりではないはず。感覚、身体能力的に恵まれている方ほど「感覚で出来ちゃう」のかもしれません。素晴らしい才能です!でも、感覚じゃ、イメージじゃカラダがうまくついてこない、という経験をお持ちの方のほうが多いのでは?そんな時には是非チェックしてみてください。自分がやりたいことを実現可能にしてくれる動作を自分自身が知っていますか?その動きを自分に指示することが出来ますか??自分が「なんとなく」と思っていることって具体的な指示がないからカラダは反応しづらいです。きっと「やりにくい」と感じているところでは、カラダのほうが「どうしていいのかわからない状態」になっいるのかも。このあたりを整理していくと、「あーこんなことなのね」がスッとやってきます。

 

「緊張でカラダが動きません」

→演奏中にフリーズしてしまうくらいの危険は本当にあるのでしょうか?自分が危険や不安だと思っている(思い込んでいる)ことは本当ですか?1度検証してみるのはどうでしょう?緊張に関してはいろんなアイディアがあります。それを本番の直前からだけではなく、普段の練習から取り入れてみませんか??

 

「反射的にそうなってしまいます」

→「反射」にもいろんなバージョンがあります

① 人間が生きていくために備わっている反射。例えば眩しかったら目を閉じる、熱い鍋を触ってしまったらすぐ手を離す、など。本能からの反射は必要なもの、私を危険から守ってくれるものなので、コントロールはほぼ不可能です。が、その本能って演奏の時に必要でしょうか??という側面から考えていくと、きっと違うものが見えてきます。

② その人が今までの経験、体験から身につけた習慣的な行動。その奥にはそうする理由が隠れていることが多いけれど、本人さえも気がついていないこと、または忘れてしまっていることもある。丁寧に思考にアプローチすることで反応を変えられることもあるし、反応してからだって立て直すこともできるんです。

 

じゃあ、思った通りにカラダを動かすためにはどうしたらいい?

 

一般的には、思った通りに動かせていないとわかった時には、それはどうしてなのか考えたり、自分のやっていることを観察したり、第三者からアドバイスをもらったり、みたいなことになると思いますが、この「自分の思った通り」ということ自体も感覚的であるので注意が必要だな、と思っています。「自分ではこうしているつもり」ってやつです。頭でそうしてると思っていることと、カラダが実際にこう動いてるというズレは、自分ではとても分かりにくいものなのです。

 

 

音楽の話ではありませんが、「大人の育て方」という動画で芸能人アスリートの武井壮さんがこんなことを言っていました。正確な抜き出しではありませんが、内容はこんな感じでした。

 

 

「自分が子どものころの話。プロ野球の選手の真似をしてボールを投げている、と思ってやっていたことをビデオに撮って見てみたら全然違っていた」

「自分は頭の中で思った通りに動いてるつもりなだけで、思った通りに動いてなかった」

「自分が思った通りにカラダを動かせるのは、目で見えているところだけだった。視界から外れているところでは、もう自分が思っているように動かせていなかった(ピッチングの時の腕、視界に入ってこない脚は特に)」

「まっすぐ腕を横にあげましょう、といった時にやってみて鏡を見たら、腕は真横より上に上がっちゃっていた」

「見えてないところは、まっすぐ腕をあげることもできない自分なんだ、と思った」

「だから、自分のカラダを思った通りに動かせる練習をしてからスポーツをやろうと思った」

 

 

 

真似をする、お手本にする、憧れる、教えてもらう。

それを自分に取り込むときに起こっている「動きの違い」に私はこれまでどのくらい気づくことができてきたんだろう?いや、ほとんどその時には気が付けていなくて、それが「やりにくさ」や「演奏できない」となってはじめて自覚する、見直していく、私はその繰り返しをしてきたように思います。

人によって体格も、骨格も、筋力も、得意なことも違います。だから見た目が同じにならなきゃいけないってことではありません。でも、自分より優れていると思う奏者から教えてもらえるなら、その教えをとりあえずはその通りに近い形で受け取り、再現してみることではじめてその教えは力を発揮できると思うんです。

「私のやり方は教えたから、あとは自分で考えてやってみてね」

ほとんどのレッスンの形は、本当に先生の言いたいことが伝わっているのかを生徒も、先生もフワッとさせたままのことが多いような気がします。ATを勉強しはじめて私自身もそうだったな、って思います。

 

伝えたいことが伝わるような言葉選び

それがちゃんと伝わっているのか、レッスンの中で生徒さんの理解を確認する

はじめの一歩を、その踏み出し方を生徒さん自身ができるようにサポートする

 

現在進行形の「教える」という学びのなかで出会った、以前の私には欠けていた部分であり、これから大事にしていきたいと思っていることです。

 

演奏の中でやりたいことがやれる自分を目指し続けます!!