変化し続ける演奏スタイル

こんにちは、ひろみです。

はじめての緊急事態宣言が全国に発令され、仕事も学校も一斉に止まってしまった2020年5月。予定されていたオーケストラ公演は軒並み延期や中止になりました。この公演もその1つだったのですが、この公演の延期公演は1ヶ月もしないうちに決まり、ほぼ1年後の今月9日になったのでした。

あれから1年。延期が決まった時には「1年も先なら大丈夫!」なんて呑気に思っていましたが、未だ長く悔しい状態が続いています。そんな中で、先日の演奏会が開催できたことには本当に感謝です。ご尽力いただいた方が多くいらっしゃったことだと思います。本当に有難いです。

私たちのように仕事で音楽を演奏できる環境だって制限されている状況。音楽を楽しみたい多くの愛好家の皆さん、学生さんたちも多く我慢をしていることでしょう。「不要不急」なんて言われるようになってから長いですが、心の栄養、人生の楽しみ、音楽に取り組む充実した自己研鑽の時間を奪われてしまうことがどんなに寂しいことか。たくさんの不要不急から豊かさや癒しをもらっていたことを改めて感じます。

そんな時に私ができること・・・どうやって音楽を届けていくのか、どうやって音楽を楽しく続けていけるのか、どうやってスキルアップをし続けていけるのか・・・演奏、対面レッスン、オンラインレッスンを続けながら新しい試みである動画制作も続けていきたいと思います♪

さて、タイトルについてです。けっこうハードな本番が終わったタイミングなので自分自身の振り返りとして書いてみようと思います。前回記事をfacebookに投稿した時にいただいた「演奏スタイルのどの辺りが変わったかな、と感じますか?」という質問から考えてみたことです。言語化するチャンスをいただきありがとうございます。

facebookではこのように簡潔にお答えさせていただきました。

演奏スタイルの変化についてですが、大きな変化としては「どう頑張ればいいのかを知ったことで、力みが減って疲れにくくなったこと」や「自分の状態の小さな変化に気づけることが多くなり、トラブルが減ったこと」などがあります。でももっと良かったなと思っていることは、思考の自由さを知ったことです。自覚なくやっていた「〜しなければならない」に縛られていたことが多かったなーと。

これを自分メモ的に少し詳しく書いてみます。

まずはどう頑張ればいいのかを知った、ということについて。

今回の本番で今までと違ったことは 自分の表現したいイメージ→それを実現するのに必要な思考→実際の身体の動き→出てきた音が聞こえる という演奏するという行為に丁寧に取り組むことができた、ということです。これは演奏をしている自分をモニターできるようになった(当社比)ということが大きくて、だからこそ自分の小さな変化にも気づくことも、それに対する対処も「こまめに」「たくさん」できていたように思います。例えば「あ、今硬さを感じたのは鎖骨周辺の動きが少なくなってるからかな」とか「頭脊椎の関係どうなってる?お、もっと自由にできた!息入ってきた!」とか「次のアクセント、理想の息を作るために必要な吐く動作と息の通り道は、ここ!」とか。時間にしたらまばたきくらいの時間なんですが、その手間を惜しまず、自分の意思で動きをデザインし続ける。

いつも演奏のために必要なことを考え続けることに忙しかったせいでしょうか、<本番だから>という身構える気持ちもかなり減ってきたなーと感じました。

うーん、言葉にするとわかりにくい・・・ (*゚▽゚*)

演奏中、瞬間瞬間に「その時やりたいこと」が浮かぶわけです。それは事前に練習したことも多いけれど、毎回演奏する環境や聞こえてくる共演者の音、自分の調子、その時の思考・・・練習とは違うことも多いし、その時にしかないことだったり、ハプニングだってある。「演奏は毎回が1回限りのもので変化するステキなものだからその変化を楽しみながら演奏する」という前提がだいぶ自分の「普通」になってきたように感じました。これまでだってその時その時に対応しながら演奏してきたつもりでしたが、その前提には「決めていた通りに演奏する」という考え方が無意識に強くあって、その考えに縛られていたようにも思うのです。

私たちって思っている通りに体は動いてくれるものだ、と信じているところがありませんか?右手を挙げようと思ったら(健康な方ならば)右手が特に苦労なく挙げられる。それと同じように、演奏においても沢山練習することで自分の身体に覚え込ませれば、本番はほぼ自動運転のように演奏できるのが良いこと。なんとなくそんな感覚、ありませんか?

ほぼ自動運転のように演奏できるというのはそれだけしっかり練習したという証拠。必要な技術を確実にできるように訓練しているのですから、良いことには違いないのです。本番に向かう時、それが自分の大きな安心にもなります。ただ、毎回が1回限りの演奏という繊細な動きの精度を上げていきたいなと思った時には、自動運転状態のやり方「だけ」では細かなその時の自分に対応するのは難しい。練習と違うことに対してはびっくりしたような反応になってしまいます。「こうしたい!」と思えたアイディアがうまく音にできないまま通過してしまって悔しい思いを繰り返してしまう・・・なんてことは私も数えきれないくらい経験していることで。そんな時間にも音楽は流れ続けているんですよね。

その時の「こうしよう!」を音にするためには必要な自分の動きを自分が知っている必要があるし、動きとして瞬時に出せる必要がある。右手を上に挙げる、ということを知っているのと同じように。だから、繰り返し練習する必要がある=演奏技術の構築 そこまでは、私もずーっと前からやっていました。でも本番でできなかった、とか経験ありませんか?それと同じくらい今大事だなと思っていることは 今演奏しているという状態の中でどう対応してその技術を出していけるのか、という「適応力」だと思うのです。これは経験値と言われるものに近いでしょう。じゃあ経験を積まないと身につかない?いや、ある程度は練習することだってできます。

それは、自分のやっていることに対して意識的である、という練習。自分の動きを「モニター」「観察」「俯瞰」するような視点。やりたいことに対して意図をもった試み。そんなことをこれまでの演奏の積み重ねと共にやっていく、という練習・練習・練習。音楽に集中してるんだからそんな忙しいことできないです!」というのは今までやったことが無かったことをやっているのだからあたりまえの感覚その新しい視点を演奏に取り入れ、使えるようになるための練習です。

本番をたくさん経験してきた方にはきっと多くの場面で起こった数多くの想定外やハプニングに対処してきたという経験値があり、自分の演奏中に起こり得ることへの想定範囲も広がっているんじゃないかと思うのです。演奏を中断させることなくそれに対応出来た、という成功体験、それこそが安心感になったり、経験からの冷静な対処ができたり、と心強い。

でも、その経験値を得るためにはほとんどの方には長い時間が必要になってしまいます。「だからしょうがない」ではなく、それを工夫して練習しながら身につけていく、という試み。

音楽的な方向性はこれまでの積み重ねの上にいるけれど、演奏するということそのものに対しての自分の取り組み方、考え方はまるっと変化したんじゃないかな。

最後に、ハードな本番を終えても腕や背中に出ていた痛みが全く起こらなかったのは本当に嬉しい変化でした^^

長くなってしまった演奏メモにお付き合いいただきありがとうございました♪