姿勢を直したい生徒さんが求めていたこと

こんにちは、ひろみです。

楽器を演奏する時に姿勢が気になる人は多いかと思うのですが、その理由は様々。他人からの指摘、自身で居心地が悪いながらそれを続けてしまって姿勢迷子、腕、腰、首などカラダに痛みがある、できない箇所の問題解決のための姿勢などなど。

今回は長く通っていただいている生徒さんのレッスンからです。

この数ヶ月かなりの成長をご本人も感じている中で改めてご自身の姿勢が気になっているとのこと。tuttiの時には特に姿勢のことは気になっていないのにソロや大事に吹きたい場面での姿勢に違和感があり、実際演奏後に首に痛みが出てしまうというのが今回のお題。

ということで、まずはその状態を再現してもらいます。大事に、丁寧に吹きたい場面をつくるために私のチューニングAの音に「はじめからピッタリ合わせてください!」とちょっとプレッシャーをかけたお願いをしてみたところ、、、ご本人も自覚のある姿勢が再現できました!

悪い、直したいと思っているのにその姿勢をなぜかやってしまう。こんな時、私はまず「その姿勢できっとやりたいこと、やれていることがあるんじゃないか?」と考えるようにしています。

そして今回も。大事に吹きたいところほど、自分がうまくいくと思っている感覚を探しながら音を出そうとしていました。演奏がうまくいくために求めている動きをしているはずなのにご本人が不自然に感じる首を前に突き出す動きと一致していたのです。

不思議ですよね。でもこのようなことって本当によく起こっているんです。

でもはじめに書いた通り、この動きにも生徒さんにとって意味があるという視点で考えて、でも不快な動きだから代替案(目指していることが実現可能な別の動き)を考え、提案していきます。

大事に吹こうとしている時、意識的に(または無意識にも)うまくいく感覚を探して吹く、という動作に身に覚えのある人は多いのではないかと思います。研ぎ澄まされた感覚って演奏には絶対必要なものだけど、その感覚を探して再現するってなかなか難しいものです。だって1回前に演奏した感覚を再現するのだって難しくないですか?ましてやうまくいった過去の感覚を、自分の状態だって演奏してる場所だってリードだって条件が違いすぎる中で見つけるのは確率の良い方法ではないですよね?でもその感覚のみを頼りに再現しようとしてしまうのです。

代替案はその方によって違ってはくるのですが、なんの感覚を探したいのか、それはそもそもにカラダで探すほどの大きな動きが必要なことなのか?私たちの繊細な音程・音色の感覚って目に見えるような、ましてや首が前に出るような大きな動きが必要なのか?このあたりを自身に問いながらもう一度チューニングAの音を演奏してもらったところ・・・

Aの音の安定と先ほどとは全く違う姿勢!!ご本人も違いを感じ、快適かつ楽器がとても軽く感じたという感想と「自分のやりたかったことはあんなに大きな動きではなかった、でもなんか胸のあたりで何かすることがうまくいく方法だと信じこんでいた」と。見た目にも全然違うし、ご本人も悩んでどうしようもなかったことが一気に解決してとってもいい時間になりました。

これは私がすごいわけじゃないんですよ

いつも生徒さんに言うんですけど、これまで悩みながら試行錯誤を繰り返し、自分なりの観察やいろんなことを試してこられた蓄積があったからこそ通じる言葉がある、そして自分なりの答えを見つけられる、と私は思っています。教えているんじゃなく見つけてもらうサポート。そんな方との時間は新しい発見がいっぱいで!!闇の中にいるところから始まったレッスンが終わる頃に希望がいっぱい見えている、そこから音楽がもっと自由になっていく。

今「効率」とか「方法」とか「理屈」に飛びつきたくなるレッスン形態は増えているなと思いながら、やっぱり私は技術のための技術を教えたいわけじゃなく、音楽のための方法を提案できるという立場で生徒さんと向き合いたいなと思うのでした。