こんにちは、ひろみです。
暑すぎる夏ですが、音楽への取り組みも熱を増す夏でもあります!コンクール、演奏会、合宿、発表会、まとまったお休みに練習、など普段よりじっくりオーボエや音楽に取り組んでいる方も多いと思います。
普段からレッスンに通っている方だけでなく夏にスポットでレッスンを受けたりこれからレッスンに通おうかなと思っている方もいらっしゃるのでは?
レッスン、特に個人レッスンだと先生との相性は大事ですよね。人間的に合う、合わないのハナシは一旦置いておいて、、、やはり生徒さんの求めていることについて話の通じる先生、同じ目線で考えてくれる先生に出会えるとレッスンはとてもスムーズだし納得感を感じられる時間になるんじゃないかなぁ。
長い時間自分がレッスンを受けたりレッスンをしたりと「レッスン」に関わってきた私が思うのは、感覚の扱いかたって難しいな ということ。
「こんな感じで」「お腹使って!」「もっと歌って」
のような言葉の数々。言う側も言われる側もふわっとしてしまう。感覚的な言葉から先生の意図を受け取れる場合は全く問題ないんですが、そうではない場合が多くあって。そんな時に「よくわからなかった」と生徒さんから先生に伝えられる関係性、それをその人にわかる形にくれる先生、このあたりがレッスンの納得感に繋がってくるんじゃないでしょうか。
そしてポイントはここから。感覚のハナシがなぜ伝わらない言葉になってしまうのか?
先生方はご自身の感覚をきっとこの場面で役立つだろうと伝えてくれているはずなのです。楽器演奏における感覚的なものはとても大事な要素だから伝えたい。
でも、その感覚を扱っているカラダについての前提知識が人によってかなり違うというのが感覚言葉が伝わりにくいことの大きな原因だと思うのです。
自分のカラダのことって意外にわかってないものだなぁ。私はアレクサンダーの勉強を通してそう思いました。
例えば「お腹を使って」のお腹ってざっくりした言葉。主にどの部分をどう動かすことを意図しているんだろう?言う側と言われた側でこの理解は一致している?せっかくの先生からのアドバイスが伝わらないのは本当にもったいない。
お腹という場所の意図は腹筋?横隔膜?腹筋だって種類があるし、腹直筋のことだとしたら長さもある。横隔膜って呼吸に関係してるよね、は何を意図してる?本来のはたらき、位置や動きを知った上でのアドバイスと、なんとなく呼吸のこと=横隔膜みたいなふわっとした言葉がけから受け取るものはだいぶ違ってくるはず。
これは自分が自分へ指示するときも全く同じで、ぼやっとこのへんと思ってやるのと具体的な場所や動きを「やりたい」と意思を持ってやるのとでは全然違う結果になる。カラダって勝手に動くものではなく意思をもって動かしている。(ことについて扱っています。不随運動や反射などは別の扱いになります)そして、ちゃんとそれをやろうとしてくれるカラダの機能としてあります。健気なくらい(笑)
逆に言えば、自分へのなんとなくの指示はカラダの命令系統を混乱させてしまいます。また、思っていること(意思)と実際の位置や機能がズレていたりすると自分の意思通りに動かなかったり動きにくかったり。少しズレたところをカラダが動かそうと健気に働いた結果、必要のない場所の力みが生まれてしまったりもします。(だから脱力したいのにできないということが起こる)
自分のカラダについての場所や機能を知ることは、自分が自分に投げかける指示に対しても、自分ではない他の誰かに演奏の方法(動き)を伝える時にも、誰かにアドバイスをもらった時の内容の理解にも役立つことはとても多いんです。実は。つい先日も本番を終えた生徒さんがfacebook記事にそのことを書いてくれていました。
https://www.facebook.com/share/1Br129jHqT/?
自分の演奏に、新しい視点を入れてみませんか?


