意識的にやることと無意識の域に落とし込むこと

今までの私の練習のやり方は、自分の課題だな、と思ったことに対していろんなアプローチをしながら(例えば速いフレーズに対して、さらう速さを変えてみる、リズム練習を取り入れる、和声を考えるなど)精度を上げていって、やりながらそれを無意識の域に落とし込むことを目標にしていた。そんなに意識しなくても勝手に身体が動く、それを安心の材料にしていたことに気がついたんです。

AT(アレクサンダー)に出会い、毎回新しい練習を試すことが楽しいこの頃、数あるレッスンの中から「これは絶対に今の私に役に立つ!」ということ2つのことを特に意識して練習に取り組んでいました。このことは絶対に自分に欲しい、そう思って。毎回毎回やっていて、これが自分の新しい習慣になったらいいな、と思って練習していました。

そんな取り組みをしながら、それでもなんだかしっくりこないフレーズに出会い、今までの練習のやり方でこのくらい練習すればなんとかなるかな〜と思ってはいたけれど、せっかくAT勉強してるんだし、全く新しいやり方で練習する方法を試したい!そう思ってさらい込む前の状態でレッスンにもっていきました。この日私が求めていたのは

ダブルタンギングを含む速いパッセージの練習方法は?(今までの出来るまでさらい続ける、とは別のやり方! )

そのレッスンで提案されたことは

私の取り組んでいることをとりあえず置いておいて、オーボエを演奏するためにAT使ってみたら?

という、私の印象からするとなんともざっくりとしたこと。もっと細かく役に立たちそうなこといっぱいやってたのにー何で??もっと細かい動きも意識してて自分の習慣になったらいいな、と思ってやってたのに、何でそんなざっくりなの!とレッスン中に素直に疑問をぶつけてしまいました。この時私は納得いってません。

そこで返ってきた答え?の1つが

「マックでバリューセットを買う」

???(またもや文字で伝えるのが難しい場面ではありますが)セットを注文する時に単品をいちいち店員に確認して買うのか?と。セットには飲みものとポテトは含まれている。

オーボエを吹く、という中には私が意識して取り組んでいることは含まれている。改めて確認しなくても大丈夫。ということだったのか?全体に意識を向けると言われたのか??

私のやっていたことはポテトのクオリティーを上げること、ドリンクのクオリティーを上げること。もちろんそれは大事なこと。このことに取り組んだことで、クオリティーに問題を感じた時にはいつでも使える手段を知った。だけど、セットを注文するってことは全部を味わうってこと。吹きたいパッセージ全体に対してのイメージを持ち、そんな私がオーボエを吹く、ということにATの指示を使ってみる。

ちょっと難しいパッセージに出会った時、どうしても細かい単位でクオリティーを上げようとさらい込むのが私の習慣。あ!!それが大事なことなのは今も変わらないけれど、そのことに頭を支配されたままさらっている時は、本当にやりたいニュアンスの中でさらい込むことは出来ていなかった。譜面通り出来るようにしてからニュアンスを考える、ではなくて、やりたい表現を強烈に持ちながら細かい練習に取り組むと、そのニュアンスで速く動くことを早い段階で体感できる→目指すところに今までより早くスムーズにもっていくことが出来るかもしれない。

そしてこの日に気がついたもっと大きなこと!!

「意識的にコントロールする」がアレクサンダーテクニーク。無意識の域に落とし込むことではなかった。勝手に身体が反応すること=安心だと思っていた私。それより、その時その時の状態に自分自身が柔軟に対応することが出来たほうが、よっぽど安心だってことに気がついた。結果を覚える、じゃなくて、それを生み出している自分のほうに目を向けてみる。

また新しい世界がやってきた感覚!